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最近あった嬉しいこと

中学3年の生徒から志望校の変更の連絡があった。高校に入学したら英語をメインに勉強したいと思うようになったとのこと。それで某私立高校の国際コースを第1志望にしたということだった。今は、そこの指定校推薦が取れて校長先生との面接の練習中です。

高2の生徒から英検対策クラスに変更したいとの連絡がきた。高校を卒業後は英語を専門にした学校で学びたい、そこは英検の2級の取得が必須である、将来的には日本と海外との掛橋の一端を担いたいということだった。今は次の試験での合格を目指して勉強中です。

実はこの2人は「英語が苦手で嫌いでどうにもならない」ということで入塾しました。

だから「将来は英語を主体にした勉強をやりたい」と自ら選択したことは驚きです。しかし同時に、英語を教えることを生業にしている私にとっては大きな喜びでもあります。当塾に通うなかで苦手から脱し、いつの間にか好きになり、そして将来は英語に軸を置こうとしているのです。

何がそうさせたのか詳細はわかりません。授業で「日本語と仕組みが全然違うでしょ。日本語はあやふやな言語。英語は原理原則を大切にする言語」とはよく伝えています。「英語を学ぶことで日本人の長所と短所、また欧米人の長所と短所が見えてくるよ」ということと併せて。

主食の米の価格、1年間で2倍になったよね?でも何故なのかは相変わらずはっきりしないまま、何となくお米券が配られようとしている。これが欧米だったらまずデモが起きて大きな騒動になるよ。

日本人は初詣は神社でお願い事をして結婚式は教会で行い、葬式はお寺でする。面白いね。神道・キリスト教・仏教なんでもあり。だから神様仏様同志が喧嘩しない。だけど欧米はくっきりとイスラム教とキリスト教の対立構造があって、殺し合いまでしてしまう。

こういった話が浸透していって英語学習は単なる暗記科目ではない、点数を撮るための道具ではない、しっかりと今自分たちがいる社会や人間性を知ることなんだ、と感じ取ったのかもしれません。

音読させます

当塾は頻繁に音読させている。個別はもちろん集団授業でも。

我々人間はまず生まれてきて「オギャー」と発する。そのあと数年は音声で言語を学習する。文字というツールを使用するのはせいぜい3〜4歳くらいからでしょう。やはり言語の核は音声なのである。

しかしその音声を用いない学習を学校に入ると徐々にやらなくなってくる。学年が上がれば上がるほどその傾向は見られる。高校生で単語をインプットするのに声に出している生徒はどれくらいいるのだろうか。単語帳を眺めて日本語の意味を言えてそれでよしとする生徒が多数を占めているように思える。これで定着するわけがない。だから何度も何度もやらなければならなくなる。英語を苦手にした生徒がよく発する言葉に「単語帳を何周もやる」というものがあるが、残念ながら「何周もやっても」無駄だろう。

この数年でタブレット端末を中高生はほぼ生徒全員が持つようになった。文科省が学力向上のため「GIGAスクール構想」と言う名目で端末を普及させたためである。デバイスでの学習作業の多くは機械を操作しながらのコンピュータとの双方向のやりとりである。黙々と行われ「読み書き」の作業はない。一見すると学習環境がよりスムーズで洗練されたものになったかと思われる。が、先日文科省が驚きの調査結果を報告した。なんと2021年から2024年にかけて小中学生の学力低下が進み、特に中3生の英語において顕著であるというものだ。そしてさらに驚きなのはこの時期は皮肉にも文科省がタブレット学習を推し進めた時期と見事に重複していることである。文科省はコロナのせいにしているが、タブレット学習との関連性を否定するのはどう見ても無理だろう。

「九九」を音声なしで覚えるかどうか想像してみていただきたい。まず不可能だろう。同様に「読めない」言葉は決して「覚えられない」。メカニズムは脳神経の専門家でないので説明できないが、これは自らの学習体験、そしてこれまでの生徒たちの学習指導経験から確信している。

当塾は授業中は音で溢れている。私の講義の声、生徒が質問に答える声。私が板書する音、そして生徒がペンを動かす音。そして生徒が英文を読む声。

やはり言語を学習する環境には「自らの肉体的音声」を発しそれを「体内・脳内」に響かせ「蓄積させる」ことは欠かせない。

駿台が公表を取りやめ

駿台が来春から「各大学への合格者数の公表を取りやめる」と発表した。受験生の多くが複数の予備校や塾に通っており「数値の信憑性や意味が形骸化しているため」だとしている。

当然の措置だと思う。当塾でも英語以外の科目は他の予備校に通う受験生は多い。当塾で英語を得意科目にして得点源にしそれ以外の科目はそこそそこだったとしても、あるいは当塾で対策をして英検を取得しそれがスコア化され入試が有利に進んだとしても、合格した生徒を他予備校はまるで自らの手柄であるかのように公表してしまう。もちろん逆も然りで、決して英語だけで合格したわけでないのに、あたかもそうであるかのように公表する英語塾があるのも事実なのだが。

また駿台は「最難関大学を目指す受験生だけでなく、一人ひとりの生徒の進学ニーズに寄り添った指導に力を入れていく」ともしている。これは当塾が一貫して取り組んできたことである。

英語をもっと伸ばしたい、英語が苦手でなんとかしたい、英文法をもっと盤石にしたい、長文読解を得意にしたい、英検を取得したい、定期テストの内申を上げたい、中学や高校の先取りをしたい、、、など塾生の要望はさまざま。そこを真正面から受け止めてそれぞれの個々の夢の実現のお役に立てたらとの思いで授業に臨んでいる。

例えば英語の内申が結果的に5段階中で4だったとしよう。しかしそれが2から頑張って苦労して上げた結果の4ならば、最初から得意でずっと5だった生徒のものよりも重い。または結果的に受かった大学が決して難関とされていないところだったとしよう。しかし途中まで勉強が苦手で進級も危うかった生徒や、なかなか学校に馴染めず不登校気味になった生徒が試行錯誤しながら勝ち取ったものであるのならば、進学校でずっと優秀とされてきた生徒が東大や早慶に受かった場合に劣らず重たいといえよう。

当塾の大学合格実績は50音順にして記載している。「東大・早慶」「医学部」次に「GMARCH」順にしないのは、どれも大切な塾生の頑張りの成果であり優越をつけられないと考えているからである。

そのそれぞれにストーリーがありとても貴重なものであるからだ。

この夏英語をなんとかしたい人

夏休みは最低でも30日あります。かなりのことがやれます。

よって「本気で塾に通えばなんとかなる」と考えている人が多い。しかし残念ながらそれだけではなんともならないです。

「体験授業」を受講し「分かりやすいから」「相性が良さそうだから」とそのまま夏期授業の受講をしようとする人が多いのですが、まず失敗します。

「どこが弱く、なぜそうなったのか」をしっかりと分析し、それを「どう克服するのか」という戦略を立てること。これは必須です。これがないままでの受講は時間とお金の無駄になります。

ここを外してはいけません。

当塾では必ず本格的な受講前には「面談・カウンセリング」を実施します。まず原因を探り、具体的にどこをどのように修正し、講習終了時にはどう変化しているのかを示します。それを私講師と受講する生徒との間の共通認識とし、お互いに「コラボ」してそこに到達して行きます。

この夏英語をなんとかしたい人、お待ちしております。

英検準1級のワナ

当塾生は受験を有利に進めるためほぼみんな英検準1・2級を受験する。そしてしっかりと受かっていっている。しかし罠がある。英文法が適当でも受かってしまうことだ。

高1の生徒で2級に受かってそのあと半年後に準1に受かった生徒がいる。英検準1の読解は語彙力さえ強化しあとは量をこなせば合格点に到達する。この生徒も授業ではそこを徹底し秋には準1級に受かった。

ところがその後にその生徒にとっては予想外なことが起こった。学校の英文法のテストが出来がよくなかったのである。準1級は大学生レベルの英語力だと言われているために英語に自信を深めた矢先だっだからショックだったらしい。そして今英文法クラスを受講している。それぞれの単元をしっかりと基礎からやり直していっている最中である。

もう一つ例をあげよう。今年度の国立医学部受験の生徒で、高1で準1は既に合格しており、共通テストは読解・リスニング共に90%以上を獲得していたのだが、その後の2次試験対策で英作文の文法的なミスがちらほら見受けられた。医学部のようなハイレベルでの競争ではこのようなミスは致命的になりうる。直前期ではあったが「盲点となりそうな英文法事項と問題」をやり直した。

「準1に受かっているのになぜ?」と思われるかもしれない。英検では文法問題がほぼ皆無なため対策の学習ではおざなりにされるからである。が実際の大学の入試問題では私立ではほとんどの大学で英文法の問題が出題される。もちろん長文読解との配点からすれば高くはないが、人気校では1点差で補欠などよくある。文法問題で落とすわけにはいかない。難関国立大ではほぼ英文法単体の問題はないがどこもほぼ英作文は出題される。ここでしっかりとした文法知識を運用できないとまともな文章が書けないのは明らかである。

ではどうすればいいのか。単純な答えだが「早いうちに英文法の基盤がため」をすること。これで後手にまわらずに済み、英検の文章だけでなく教科書の文、そして最終的には入試の長文を「より正確に速く読め」るようになり、英作文で「より正確に書ける」ようになり、さらにはスピーキングにおいても「クオリティの高い発信」ができるようになる。もっというなら、今後は社会人になってフォーマルな場で英語で話す機会が増えていくと予想されるが、しっかりとした正しい英語を話すことで、周囲には信頼おける人物だと評価されることだろう。もちろん文法力だけではないが、それが重要な位置を占めているのは間違いない。

では大学入試に求められる英文法の知識はどれくらいで仕上がるのか。基盤がためだと早くて半年、一般的には1年だとみていただきたい。

皆さん、「英検取得」頑張っていきましょう。しかしそれと同時にもっとしっかりやるべきことがおざなりにならないよう、準備していきましょう。

私立高校の無償化

2026年より私立高校の授業料が全面的に無料になるという。財源の問題はさておき、生徒の利益の観点、そして日本社会の未来の観点からすると、大賛成である。

理由は「内申点の束縛から解放される」からである。

私立高校の入試では内申は点数化されないが、県立高校の場合点数化されて多くの場合、記述と同じ点数配分となる。よって県立高校で志望校に受かるために中学生は内申点をしっかり取る必要がある。ところが、、、この内申は1〜5までの5段階評価なのだが、結論から言うならば担任の主観でどうにでもなる。例え学校の定期試験で満点をとったとしても5の評価をされない場合もある。それは担任による「絶対評価」だからだ。たとえ高得点でも、提出物に不備がなくても教師側が「学習の態度が良くない」と判断すればいくらでも低評価をつけることも可能である。つまり担任の好き嫌いでどうにでもなるもので、まったく民主的でも、教育的でも、科学的でもない。よって結構な数の生徒や保護者は担任の顔色を伺い、教師側は王様のように振る舞う。民主国家の、昭和でなく令和の時代に。

2つ例を挙げる。

某公立中学校に通う生徒が定期テストの解答用紙を持ってきた。大文字のI を「上と下に横棒がない」ということでことごとくXにされていた。10点以上は損をしていた。もちろんなくても間違いではない。多くのネイティブはむしろ書かない方が多い。鎌倉の中学に通う別の生徒は同様のIを書いていたが減点されていない。「先生にマルにしてもらおう」と行かせたらとんでもない返事が返ってきた。「それは私が教えた大文字のIではないからだめです」だと。。。私は英語を教える人間として以上に人として憤りを覚えた。抗議に行こうかとその生徒に提案した。が彼女は「やめて欲しいです。変に目をつけられて内申に響くかもしれないからです。」とのこと。

また別の公立中学校に通う生徒は学校の授業で wake(目覚める) の活用 wake – woke – woken を wake – woke – woke と誤って教わり、彼は辞書を持って「辞書ではwoken となっています」と教師に伝えにいくと「辞書が違う」と言い放ったという。(笑うしかないのだが実話です) その生徒は「もうこれ以上は問題にしたくない。言っても聞く人ではない。生活指導部担当でもあるし、内申に響くのも嫌なので。」との反応だった。

このように公立中学校の教師の質はとんでもないレベルにまで下がっている。もはや教育者として疑問の教師すらいる。がしかし家庭がそれほど金銭的に余裕がないところの生徒は進学先の選択肢として私立高校は不可能で、県立高校一択となる。がそのためには「入試の得点の半分を占める内申点」で高得点を取る必要がある。そしてそれを果たそうとすると理不尽で横暴な教師であろうと異議を唱えるのが難しくなるという極めて不幸な状況に置かれてしまう。生徒が哀れである。公立中学校ではこのところ不登校の生徒が激増し、その理由の第1位は「教師との相性」が複数の調査で明らかになっているがその要因の根幹はここにあると見ている。

私立高校の授業料が全面的に無料化されると、このような子供たちがたくさん救える。無理して県立高校に行く必要もなくなり「内申点の奴隷」にならなくて済む。どれほどこの子供達の精神の形成にプラスになることか。思春期という最も多感な時期に権力を持った側の顔色を伺い、忖度することを教え込まれた子供が大人になったとき、どれほど社会にとってマイナスになることか。いや実際もうそうなっているではないか。

私立高校の無償化は「家庭の金銭的な負担の軽減」以上に、「子供たちの精神的健全化」に大いに寄与すると確信している。そして将来的には、目詰まりした「日本社会」の変化に役に立つにちがいない。

当塾の生徒たちはしっかりとした英語力を身につけるだけでなく、日本の狭苦しい社会でなくて世界で通用する「偏らない忖度しない態度」も身につけていっています。実はこれこそが英語でのコミュニケーション能力の核となるのです。

英語専門塾って?

  英語専門塾って?

先日、ランニング中に肩をひどく打撲した。「痛い、左手が上がらない。」

ネットで打撲を検索すると「整骨院」や「整形外科」がヒットした。

まずは近所に「整骨院」があるので行ってみた。国家資格を持つ柔道整復師に診てもらったが「骨折の可能性もあるので病院に行く」ように勧められた。彼らはレントゲンは使えないのである。

そこで知り合いの「内科外科」クリニックに行ってみた。レントゲンを撮って「骨折ではない」との診断で安心した。が「筋肉がやられている可能性もある。それには整形外科に行ってMRIを撮る必要がある」ということになり次はそこで診てもらうことになった。骨格や筋肉の専門医がいるところだ。

「整形外科医」という怪我の専門医に診てもらうことで「詳細な現状、痛みの原因」が分かり、今後の治療方針が明確になる。安心して任せられる。

英語を苦手にした人は、今回の私のような「ケガを負った人間」に例えられる。本当に「根本から英語を治療したい」のならば英語専門塾で治すのが最も正しい方法なのである。「英語も教えてますよ」という塾・予備校はたくさんあるが、場合によってはよけいに悪化させることもありうるし、実際そうなってやってくる生徒も多い。

「どうしてもっと早くに専門医を受診しなかったのですか?」と重症化してしまった患者が言われる話はよく耳にする。

英語が伸びずに悩んでいる人は、手遅れになる前にお越しください。

たくさん間違えよう

たくさん間違えよう。

世界中に語学学校を展開する「EF education first」(本部スイス)の2024年版「英語能力指数」で日本は一昨年の87位から過去最低の92位に転落した。英語教育の最前線で日本の子供達を見ている私からすれば、当然だと思う。

「言語」は間違いを繰り返し「恥ずかしい思いもし」ながら身につけていくもの。間違うことによって「なるほどそうなんだ」と実感し自分のものになっていく。私も英語学習においても、プライベートにおいてもたくさん間違えてきた。痛い目にもあった。がそのおかげで今の自分があるとそれには感謝している。

今の子供達は「正しくなければならない」という強迫観念に駆られているかのよう。もちろんこれは日本の我々の大人社会の投影なのだろう。ヒステリックに「コンプライアンス」の遵守が叫ばれており、何かミスでもしようなものならば社会的に袋叩きにされる。またSNS上では人の揚げ足を取ろうと待ち構えている輩だらけである。「間違ってはいけない」世の中になってしまった。かわいそうに、子供たちはその煽りを受けているのである。

多くの子供達は間違いを消しゴムで消す。なかったものにする。そしてそこに正解を書き、さらに◯をつける生徒すらいる。

私の最初の仕事は「思いっきり間違える」ことを刷り込むことから始まる。「間違いは消さない」で残しておくこと。そしてあとで「なぜその答えになったのか」をもう一度自分で考え、そして「正解に至らなかった理由を考える」ことを習慣化させる。

また間違えたことは「チャレンジした」ことの証であのだからむしろ誇りに思って欲しいと伝える。周りの評価を恐れたり、表面上のいい格好をしたがったりしてごまかすより、何倍も価値あることだと褒めている。

私の授業ではよく当てる。英文を声に出して読ませる。なぜそうなると思うかと質問しまくる。生徒たちも間違いを恐れず反応する。

そしてそのうちにいつの間にか英語の成績が伸びている。

ライトハウス英語塾の生徒の皆さん、「明日もたくさん間違えにいらしてください。」 楽しみにして待ってます。

当塾のテキストの強みと旨み

午前中の日課は、当日の授業のテキスト作成です。当塾のテキストはすべて手作りです。

これは料理屋の仕込みに似ています。プロの板前が当日予約の入っているお客さんの好みを考えながら旬の食材を仕込む、そんな感じです。

例えば、、、

<1>

今日の1限目の個別授業は英語がどうも好きになれない高1のA子さん。学校や大手塾の丸暗記式授業に嫌気がさして入塾してきたばかり。内容は「関係代名詞」。ならば「どうやって何のために関係代名詞は生まれた」のか。そこから掘り下げよう。そこに基づいてテキストを作成します。

<2>

今日の2限目の集団授業は「高2英文法」でやる内容は「比較」。受講者の顔を思い浮かべる。最近参加したばかりの生徒もいるし、どちらかというとみんな基礎がためが必要な生徒たち。「原級・比較級・最上級」の活用の徹底の問題を多めにしよう。そして今回は「原級と比較級の文のみ」にして最上級は次回にしよう。そこに基づいてテキストを作成します。

<3>

3限目は集団授業「高3難関大長文読解」。前回、法政大学の問題を解いたがみな70%を超えていた。本日配布予定の次回の課題問題は、同じレベルの明治大学のものを考えていたが、もっと難易度をあげて早慶上智のものを使用しよう。また、テーマは今年出題が急増している「AIが社会に及ぼす影響」か「COVID19流行時のロックダウンが社会に及ぼした影響」、または「オーバーツーリズムによる観光公害」のものから選ぼう。そこに基づいてテキストを作成します。

一流の料理屋は「客のお口に合った最良の食材」に徹底してこだわります。当塾もそこを目指しております。

大手の予備校では教材は単純に偏差値に基づいた「大量生産」のものを使用しています。また数年前に作成したテキストに少し手を加えただけで使い回しているところも多いです。よってなかなか「最新の傾向、出題される内容のテーマ」に臨機応変に対応できていないようです。

個別塾では、はなんと市販の問題集や参考書を使ってやっているところが多いようです。不特定多数の生徒を対象に作られた市販のものを個別で使用するのはかなり無理があります。しかも毎回教える講師が異なる場合は効果は期待できないでしょう。

当塾では「その生徒」「そのクラス」のためだけに作成された教材を用いて、本日も「美味で、栄養分豊富な」授業を実施しております。

当塾の強み

当塾の強み

例えば先日、高3生の「筑波大学・医学部」の入試問題の解説授業のあと、中1生の「be動詞・一般動詞の違い」の授業をおこないました。

筑波大学の問題の中で「動詞を空所に適切な形にして補充する」問題があったのですがそこにはしっかりと主語を見極めて「be動詞がふさわしいのかどうか、仮に一般動詞なら三単現のSは付くのか、または過去形にするのか」というところが問われていました。これは中1の内容です。

もちろん語彙や文意の難易度には雲泥の差があります。が、本質はしっかりと繋がっています。大きな大木も目に見えない土の中の行き着く先は根っこの先端です。このことを改めて実感しました。

当塾では私(松本)がすべての学年、すべての生徒の授業を担当しております。

中学生の場合、今やっていることが高校ではどう広がっていくのか、どれほど重要でありまたそうでないのか、しっかりと把握した上で授業を進めます。ですから「ここは次の学校の定期試験では問われるけども、それが済んだらきれいさっぱり忘れていいよ。」とか「ここは丸暗記だけだとあとで大変な目にあうよ。」など自信を持って伝えています。

高校生や大学受験生の場合、不具合があったときにそれはどこからどうやって今に至ったのか、それは中学校のどの単元でのどのようなつまずきなのかが即分かります。ですから「ねえ、中2の時にサボってた時期があったでしょ?」とか「ここはちょっとだけ中学の内容にさかのぼろうか。」など確信を持って言っています。

中1生から大学入試に繋がった授業を受講でき、高3生でも中1の内容にまで戻っての修正が効く。

ここが当塾の強みです。